旅するクジラについて

設立の目的

未来を担う子供たちの心に将来大きな花を咲かせるようなアートの種を蒔くために

自然災害により親を亡くした震災孤児や震災遺児に対して、また広くは自然災害による被害を受けた全ての子どもたちに対して、学資資金の援助および芸術の創作活動や異文化体験プログラムなどを提供する事業を行い、子どもたちが将来の夢や目標を諦めることなく、苦境の中でも前向きに生きる力を獲得することができるように支援し、ひいては日本の未来を担う人材の育成に寄与するべく設立されました。

 

活動内容

旅するクジラの生い立ち

「旅するクジラ」は2012年にがれきの広域処理に関する啓蒙活動を目的にした取り組みを始めたことに端を発します。

復興のためには、まずがれきを片付けなくては何も始まりません。多くのアーティストが「自分に何ができるか」を考えている時でした。まずは、東北の被災地視察を行うことからスタートしました。

現地では、がれきの処理なしには被災地が前に進めないということを実感し、NPO法人「旅するクジラ」代表となった前野博紀が、華道家として被災地の皆さんに対してできることは何なのかということと真剣に向き合いました。

そこで生まれたのが「がれきに花を咲かせましょう」という、後に「旅するクジラ」の核となる想いでした。「旅するクジラ」の赤ちゃんが生まれた瞬間です。

「安全ながれきもあるんだ」ということ、また「がれきを処理することが復興の第一歩だ」ということを伝えるため、有志のアーティストが集まりました。

そしてこのアーティストたちが母体となって「がれきに花を咲かせましょうプロジェクト」を推進していく仲間として「平成のはなさかじじぃず」が結成され、環境省の支援を受けたワークショップを通じて、東北のがれき処理の重要性を皆さんにわかっていただくよう、本格的に活動が始まりました。

最初は「旅するクジラ」は形もなく、なにものでもない、多くの協力してくださった方々の「心」そのものでした。

その「心」が、ある日、東北の南三陸町の海岸で、空から、海から、土から、がれきから、そして花から、まるで最初からなるべくしてなったかのように、その形を表しました。

それがこのクジラです。

各地でワークショップを行いながら子供たちと「クジラ」の作品を制作する様子は、いつの間にか「旅するクジラ」と呼ばれるようになりました。

クジラを制作するときの被災した子供たちの笑顔は輝いていました。子供たちの笑顔、真剣なまなざしは本当に美しく、尊いものです。

「この子供たちの笑顔やまなざしを閉ざすことのないように、支援していきたい!」

作るために、必要なこと「見る」「触れる」「香る」「感じる」、そしてそこから「生み出す」。この過程を通して、子供たちが成長していく何かを支える根っこになれればという想いから、NPO法人としての「旅するクジラ」の組織が生まれました。

これからも「旅するクジラ」は大海に向かって泳ぎだそうとしています。
皆様のご協力・ご支援をなにとぞよろしくお願いいたします。

団体概要

名称 特定非営利活動法人 旅するクジラ
代表理事 前野博紀 ブログはこちら
住所 〒151-0063 東京都渋谷区大山町46-20
株式会社 花匠前野内「旅するクジラ」事務局
電話番号・FAX 03-6407-8896
設立年月 2014年2月
お問い合わせ お問い合わせフォームよりお願いします。

代表ご挨拶

この度は、NPO法人『旅するクジラ』のHPにお越し下さりありがとうございます。
『旅するクジラ』は、2013年3月に発売された『旅するクジラ』という絵本の売り上げの一部が基金となって、基本は東日本大震災で両親を亡くした子供達、続いて片親を亡くしてしまった子供達、被災をした子どもたち全てを援助する事を目的とする団体です。
また、被災した子供達は、震災後何年もその被災した土地の姿を見ながら暮らしているのですが、その子供達に色のある色々な世界を見せて経験をさせたいという想いから海外への渡航体験などを企画していくことを基盤と考えています。

子供たちの存在は、まさしく私達の「未来」です。 その存在が傷ついたなら、その手助けをするのが同じ国の大人である私達の役目であり、それがこれからの日本をも創っていく基礎となると考えています。

私は、2011年3月11日の震災後1年間は、華道家と言う職業柄、衣食住がそれなりにも事足りるときが来るまでは東京から支援をすべきと自身の個展などで友人の音楽家たちとコンサートを開催しその売上げを支援として送金する事に徹し、最初に被災地の南三陸町に伺ったのは2012年の4月の事でした。
それは、あまりに衝撃的な光景でした。
1年経っても…何もない世界がそこにありました。
それでも、生きる人々と子供達がいました。
そして、多くの「瓦礫」と呼ばれる災害廃棄物である、実は被災者の皆さんの大事な『想い出』であるものが大きな山となってその処分が遅れて復興に手が付けられないという現実が目の前にありました。

私は、素直に・・・「これを1日でも早く片付けてあげなければこの地の復興も子供達の未来も前には進まないのだ。」と思いました。

其処からは、災害廃棄物ですから勝手には触れませんので国の協力もあり、「瓦礫」の本当の事を知ってもらおうと被災地の子供達と「瓦礫」で創る『希望の塔』制作をしようと企画が始まり、無謀にも最初に被災地を訪れてから1週間後には、その最初の制作を同じく南三陸町「ホテル観洋」でスタートしました。

子供達には、塩害木(津波で波にさらわれた木々)を切った板に「大切なもの」を絵を描いてもらい「瓦礫」でその板をつける土台をイベント前に創るのですが、実は、その時に「ホテル観洋」の会場が海に面しているのでいつの間にか「大きな魚」の形になっていったのです。 それは、無意識の内の創作だったのですが、それが私と私の創った「クジラ」との最初の出会いでした。

勿論、翌日、塩害木に「大切なもの」を描くイベントに来た子供達の第一声は、「あっ!クジラだ。」でした。

その模様がNHK「ニュースウオッチ9」や地元TVや新聞などで取り上げられて、「クジラ」は、時には「塔」になりながらも色々な場所で展示される様になりました。TV出演等も合わせるとこの1年で合計15頭近く、色々な「クジラ」が出現しました。

それを、丁度、3頭目か4頭目に創作した東京・青山の国連大学での展示の時に私が自身のブログで、「クジラは、旅をしてとうとう東京の青山にまで来ました。」と言うような事を書いた時から、巷で少しず つですが、『旅するクジラ』と呼ばれる様になったのです。

その後も、「瓦礫」が日本中の人々の手によって、災害が起きた時はお互い様で助け合うために、そこに住む人々の「未来」を止めないために、「瓦礫」で創られた『旅するクジラ』は、私と一緒に色々な場所を旅しました。

其処には、風評被害や無理解、無関心等・・・様々な事がありました。 それでも、前に進むしかなかった1年でしたが震災後2年目の2013年3月、「瓦礫」で創られた『旅するクジラ』は、その記憶を残すために、 最初に創作された南三陸町と宮古市に常設展示となり、この活動が、出版社「木楽舎」の協力により絵本となって発売される事になりました。

これからは絵本『旅するクジラ』が、子供達と世界に向かう・・・この震災の記録と「お互い様」と言う気持ちが世界中に広がるように、被災地の子供達、そしてこれからも起きるであろう災害でも、その地の子供達の力になれるような団体であり続けたいと思います。

そして、勿論、多くの企業さんや個人の方々の支援も心からお願いしたく、共に人生に『花』を咲かせることが出来る様にご支援を賜りたいと思っております。
この想いがいつか、NPO法人から財団法人にまでなれるように、小さき力ではありますが生涯かけてこの道を歩こうと思っております。

「花は人なり、人は花なり。」

2014年2月
NPO法人『旅するクジラ』代表 前野博紀(華道家)
花匠前野 http://www.kashomaeno.com
前野博紀 facebook https://www.facebook.com/profile.php?id=100007001914050&ref=ts&fref=ts
前野博紀ブログ http://ameblo.jp/kashomaeno

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